宇宙港は混雑していた。建物に入りきらない人々が、荷物を手に入り口の前に立ち尽くしている。「どうしてシャトルは出航しないっ」「ラクランジェ3のトリザ市に行きたいんだ。娘がいるんだ!」
「安全上の問題から、今の時期にシャトルを出航させることはできません」
「しかし、さっきシャトルが一機出航したではないか」「あれは、政府のシャトルです」
「アプリリウス市が狙われたらどうするんだ」「今、シャトルで宇宙に出るほうが危険です。連合軍に狙われたら、ひとたまりもありません」
人々は、怒声に似た大声を上げて、職員とやり合っていた。その中を掻き分けながら、シンとアレックス、ミーアは、オーブの政府専用シャトルがある三番ポートを目指した。
「オーブ特使 アレックス・ディノだが」
証明書を提示し、係員にゲートの中に入れてくれるよう頼んだ。だが、係員は驚いた顔をして戸惑っている。
「急いでます。早くしてください」
シンは、いらついて語気を荒くした。
「実は、オーブ政府の専用シャトルは、先ほど出航されました」
「なんだって?」
「いったいどうなっているというんだ?」
※
「今頃、大慌てだろうね。シン・アスカと、アレックス・ディノ、いや、パトリック・ザラの息子、アスラン・ザラは。顔を見られないのが残念だよ」
「二人に何をした」
カガリは、ユウナを睨みつけた。
「何をだって? ちょっと、シャトルに帰還命令を出しただけさ。2人を乗せる前にね」
「悪趣味だな」
後ろ手に縛られ、ソファーに座らされているカガリが軽蔑の視線をユウナに投げかけた。
「ふん。どうとでも。だいたい君が悪いんだよ。素直にならないから」
「どういう意味だ?」
眉をひそめた少女を、ユウナは鼻で笑った。
「君は、本当は中立なんか望んじゃいない。君はウズミ・ナラ・アスハの意思に呪縛されているだけだ」
「違う。『中立』こそ、オーブの目指すべき道だ」
「じゃあ、なぜあの新型機を作った。君は戦いたんだ。昔、国をぬけだし、ゲリラとともに戦ったときのように」
ユウナの言葉にカガリは声をのんだ。見開かれた相貌のおくには、戸惑いの色が浮かんでいた。
※
「とにかく、デュランダル議長に連絡するべきだわ」
ミーアは、2人の間に割って入って、携帯を取り出した。
「そうだな。それがいいだろう」
ドォォォォォォン!
携帯の数字に手をかけていたそのとき、宇宙港の北東側から、耳を劈く爆発音が響いた。
「きゃあああ」
シンは、とっさにミーアをかばい、その場に臥せった。
―――静寂。
音の振動がやんだあと、皆状況を把握しようと押し黙っていた。
そして、狂乱。旅客たちは慌てふためき、その場を後にする。保安員達だけが、爆発音のしたほうに駆けていく。
シンの横から飛び出す人影。
「あんたは何やっているんですか」
「もちろん、爆発音があったところにいく。シン、お前も武器を持っているんだろう」
「持っていますけど……」
「なら、いくぞ」
※
北東側の一区画。銃弾の発射音。そして、撃たれたものの悲鳴。倒れこむ音。
あたりには、死体と、それを取り囲む血だまりが広がっていた。
そこは、民間のシャトルが停泊してある場所だ。すでに整備が済まされていたが、戦争状態に突入ししまったため、パイロットを含む数人だけしかそこにはいなかった。
突如、乱入してきた2人の少年と一人の少女により、恐慌状態に陥った。
少年達の手には、拳銃と自動小銃、少女の手にはナイフが握られていたからだ。装備していた拳銃でその乱入者たちを撃退しようとしたが、技量が違いすぎた。
銃弾の軌道が見えているかのように、身をかわす。その間に、間合いを詰められる。
気づいたときには、体から大量の血が噴き出していた。
「ステラ、シャトルの起動準備だ。そして、アウル、お前は、シャトルの固定アームを壊せ」
緑の髪の少年は、後の2人に指示を出し、やってきた保安員に銃を向けた。
「うん」少女は、無表情でうなづく。
「わかったよ」 少年は、笑った。
やってきた保安員は戸惑っていた。15前後の少年少女達だ。プラントでは、15で成人と認められるが、それでも、子供の面影を色濃く残した三人に、引き金を引くのは気が引けた。
金髪の少女は、シャトルの中に猫のように機敏に入り込んでいった。水色の髪の少年は、素早くシャトルの外郭を上っていく。一人、鋭利な目つきをした少年が、保安員達と対峙して銃をこちらに向けている。
「てめえらなんて、俺一人で十分だ!」
銃弾を撒き散らし、手当たり次第に撃った。コーディネーターである保安員達は、素早い動きでそれを避けようとする。が、一人、また、一人と倒れていく。
「こいつ、何者だ。たった一人で」
周りに築かれる死体の山に、保安員は血の気を失った。初めは20人ほどいたが、今は、もう、2人しかいない。
「スティング。じゅんび、できた」
シャトルの中から、か細い少女の声がもれ聞こえる。
「はやく、いっこーぜ。こんなやつら相手にしてても、つまんねーよ」
「そうだな」
※
「これ以上、近づくのは、危険です」
銃を片手にやってきたシンとアレックスは、区画から度び出してきた保安員二人によってせき止められた。
「なんでっ」
強引に進もうとしたシンだが、保安員の服を見てぎょっとした。緑色の布地が赤で染まっている。
「化け物です。化け物がいる……」
もう一人の保安員は、視線をさまよわせ立ち尽くしている。
「何があったんだ」
アレックスはその男の肩を持ち、神妙に問い詰める。
「シャトルが、シャトルが盗まれた。何者かに。コーディネーターを凌駕する『化け物』に……」
男はたどたどしくしゃべった。シンは、眉をひそめた。
「アレックスー!シンッ!」
後ろから追いかけてきたミーアが、手を振る。
「だいじょうぶでした?」
しおらしげな態度で、アレックスに寄り添うと、小型の通信機器を手渡した。
「連絡が取れたわよ。議長よ」
アレックスは、北東の区画のほうを気にしながら、議長に通じたそれを受け取った。
「大変なことになってしまったようだね、クライン議員から話しは聞いたよ」
モニターに議長の姿が映り、音声が流れてきた。
「はい」
その返事を待っていたかのように、議長は深くうなづいた。
「そこで、私からの提案があるのだが――、こちらで船を用意しようと思う。それで、オーブヘ向かったらいい」
「ありがとうございます」
思っても見なかった提案に、シンとアレックスは顔をほころばせた。
「ただし―――。その船は、軍艦だが」
2人の笑顔は瞬時のうちに消えた。
Bパートにつづく!