「君の選択肢は二つ、今ここで死ぬかこれにサインをして生き延びるか――もっとも、自由になどしないけどね」
ユウナは笑った。くぐもった笑い声だった。カガリはくちびるを噛んだ。
「アスハ代表ッ!」
わきで控えていたSPが不穏な動きを察知してカガリとユウナのいる場所へ詰め寄った。
「おっと、それ以上は近づくなよ」
ユウナは、カガリの首に手を回し、わき腹に銃を当てなおした。SP達はぎょっとしてその場に立ち竦んだが、かろうじて銃をユウナに向けるだけの職業意識は残っていた。
「君達は、オーブに雇われたものだ。僕は、このオーブのために無能なお飾りの代表を辞職させようとしているだけさ! 何が悪いっ!」
そのとき、執務室の外の廊下で数人の足音がし、力強く扉が開け放たれた。ライフルを構えたオーブ軍兵士がそこにいた。セイラン派の息がかかっている軍人だろう。
銃口を向けられたSPは、拳銃を下げ手をあげた。
「今、君を命がけで助けるやつはオーブにはいない」
カガリは肩を震わせいっそう高い笑い声を上げるユウナを見上た。そして、おもむろにペンをつかみ、自分のサインを書きなぐった。
「利口だね。――カガリ・ユラ・アスハ『元』代表を拘束しろっ」
兵士の一人がカガリを受け取り、後ろ手に手錠を閉めた。
※
白いドーム状の屋根が幾重にも折り重なった宇宙港の入り口を出ると、ターミナルになっており、多くの車が行きかっていた。アプリリウス市は、プラントの中心地であり、政治、経済活動の中心地である。いろとりどりの服を着た人たち波に、シンは、戸惑うばかりであった。
「こんにちはー! アレックスさん、シンさん」
甲高い声に振り向くと、人を掻き分けラクス・クラインが近づいてきた。
「何で、ここにラクスが?」
「クライン議員は、ユニウスセブンが落下した日に行方不明になったって言ってましたよね」
有名人であるラクスに気づき、あっという間に人垣ができていた。 人々の好奇な視線にさらされながら、シンとアレックスは戸惑うばかりであった。
ラクスはそんなことは意に返さず、突然アレックスに抱きついてきた。
「やっだー! 忘れたなんていわせないわよっ。婚約者でしょ。ア・ス・ラ・ン!」
「なにいってんだよ。この人はアレックス・ディノ曹長だぞ」
「そ、そうだっだわ。『アスラン』って言うのは、秘密だって議長に言われたのにーー」
「アスランって、まさかあの『パトリック・ザラ』の息子の?」
アレックスは、顔色を伺ったシンから視線をそらした。
「君は、ラクス・クラインじゃないな? 」
「あら、ばれてしまいましたの?」
「何者だ!」
「いや、離してよっ」
シンに二の腕をつかまれたラクスはもがいた。
「私の名前はミーア・キャンベル。行方不明になったらクス・クライン議員の代理をやってますの」
「代理?」
「ええ。ラクス議員は、我々コーディネーターの゛平和の象徴゛ですわ。その方が今このようなときに不在だと知れたら、大変な動揺が起きてしまいます。ですから、議長は私に代理を命じたのです」
「しかし、そっくりだよなぁ」
シンは、あきれたように全身を見つめた。
「ええ、プラントの最高技術を駆使しましたの。そうはいっても、声も、顔も、背格好も昔から似ていましたから、たいしたことじゃなかったわ」
「きみは、いいのか? それで」
「ええ。ラクス議員は、みなの憧れ。今までの私はただのそっくりさんでしたわ。ですから、このまま一生を終えるより百倍夢のある話ですわ」
「それでは、ここで緊急ニュースをお伝えします」
ターミナルに面した高層ビルの壁面に巨大スクリーンがある。そこに、ニュースキャスターの顔が映し出された。
「14時ちょうどに大西洋連邦代表より次の発表がありました。『大西洋連合は、先のコーディネーターによるテロ行為に対し、プラントに特別行政府設置し、、主権の一部を大西洋連合下に置くことを求めます。なお、それを拒否した場合は、強硬手段に出ることも辞しません』」
「何だって、戦争が始まる?」
シンは驚いて声を大にした。出発から8時間ようやくたどり着いたプラントで待っていたのは、
最悪のニュースだった。
集まった人々からは、悲鳴に近い罵倒の声が飛び交っていた。
「こんなのは横暴だわ!」「この前は、テロリストの仕業じゃないか。それなのに、どうして国にどうし戦わなければならないんだ!」
恐怖と怒りが、市民達を染め上げていた。
「急ごう、シン。戦争が始まる前に、議長のサインを持ち帰らなくては」
「こっちよ。早く乗って」
ミーアの先導により、二人は黒塗りの車に乗り込んだ。高級車は、連合の言葉に動揺する人々の間を抜け、最高行政府へと向かった」
※
水音がする。涼やかなその音が鼓膜を揺らした。
「気がついた?」
目を開けたキラの前には、マリュー・ラミアスがいた。マリューは代わりのタオルを額に乗っている熱で温まってしまった方と取り替えた。
「さすがだな、キラ」
部屋の奥の椅子に足を組んだバルトフェルトがいて、相変わらずコーヒーを飲んでいた。
2人は、連合、ZAFTから、退役を迫られ、取り立てて反抗する理由もなくそのままオーブに身を寄せていた。マリューは軍工廠で働き、バルトフェルトは前職を生かし、自宅でキャッチコピーを思案する日々だ。
「まだ、高熱があるは、傷もまだ……」
「しかし、腹のど真ん中銃弾食らって死なず、一週間でほぼ治っちまうんだからよ」
ブルーマウンテンの香ばしい香りを堪能しながら、ゆっくりとコーヒーを口に運んだ。
「でも、驚いたわ。あなたが血まみれになってこの家までやってきたときには」
「近くに住んでいてよかったな、坊主」
「助けてくれてありがとうございます」
起き上がって頭を下げようとしたキラをマリューは慌てて押しとどめた。
「だめよ。傷口が開くは、少なくとももう一週間は絶対安静よ」
「だけど、ラクスを守れなかった。いったいどこに連れて行かれてしまったんだろう。もしものことがあれば、僕は……」
「大丈夫よ。キラ。自分を責めてはだめよ」
「早くカガリと連絡を取りたい。僕一人の力では何もできない」
「そのことなんだが――。俺もそう思って連絡を取ったんだが、取り次いでもらえなかったんだ。こんなことは今までになかったんだがなぁ」
「おかしいわ。ラクスさんといい、カガリさんといい。何か悪い感じがするわ――」
キラと、バルトフェルト、マリューは、沈鬱な表情で黙り込んだ。
※
行政府にたどり着いた車を迎えたのは、ボブカットの女性だった。
「申し訳ありませんが、議長は現在連合国代表の宣戦布告に対する緊急演説を行うための準備のため、こちらに来ることができません。今しばらく、応接室でお待ちください」
女性は、高いヒールを床に響かせて、3人を行政府の三階にある応接室へと誘導した。
「ラクス様は、こちらへ。デュランダル議長より、演説をして欲しいとの指示が来ております」
「ええー」
ミーアは、頬を膨らませて、眉をしかめた。
女性とミーアが行ってしまうと、部屋は静かになった。交わす言葉もなく、時計の針の音が聞こえるばかりだ。シンは、仕方なく自前でコーヒーを入れ、アレックスにも差し出した。
三十分ほど立ったとき、窓から見える巨大スクリーンにミーアの姿が、映し出された。プラントには、町のいたるところにこのようなスクリーンがあるらしい。行政府の前の大通りを歩いていた人々が足を止め、 その画面を見上げた。もちろん、応接室の2人も片手にカップを持ちながら窓辺に立った。
「皆さんっ! こんなことが許されるのでしょうか。 ユニウスセブンの落下の悲劇により多くの人命が失われました。これは、我々の同胞コーディネーターの起こした所業です。しかし、私達の政府はこの行動を支持していません。そればかりか、被害にあった地域に対する復興支援をしていました。それなのに、連合国は、プラントに対して無理難題を押し付け、無理やりに先端を開こうとしています」
悲痛な表情を作った女性の叫びに、市民達は呼応した。
「そうだ! 汚いぞ。ナチュラルめ!」「連合に屈するな!」
「やれやれ、とんだ。ラクス・クラインだな」
アレックスはため息とともに言葉を吐き出した。それを聞いたシンは、眉を吊り上げた。
「とんだ? 彼女の言っていることは正しいですよ。 曹長は連合の味方をするつもりですか?」
「いいや、そんじゃない。しかし、戦争を起こそうとするものが罪なら、それをとめえぬものも
また、罪人だ」
「そんな理屈聞きたくないです。俺達はここにいることしかできないのに」
「そうだな。悪かった……」
アレックスは、俯いた。自分の立場を思い返していた。
「プラントの皆様に残念な決断をお伝えしなければなりません。今まで私は穏健派として支持を受けてきました。戦争は極力回避したい。しかし、今、このような連合の一方的な宣誓を前にしたとき、私はそれを黙って受け入れるわけにはいかない。
我々コーディネーターの祖先が、多くの流血の果てに勝ち取ったこの自由の地。それを連合の支配下に置くわけにはいかない。我々に残された道はこのプラントを守ることだ」
行政府の前のスクリーンをみていた人々は議長の言葉に共鳴し、歓声を上げた。
「戦争が始まるのかな」
「そうなるだろうな」
シンは窓べりに張り付いたまま声のトーンを下げる。アレックスは浮かない表情で紅茶を口に含んだ。重苦しい空気が体にのしかかってくるようだった。
「演説が終わりましたので、執務室へご案内します」
ボブカットの女性が先ほどと変わらぬ態度で、戸口に立っていた。
※
「オーブ首長国特使 アレックス・ディノ入ります」
「同じくオーブ首長国副特使 シン・アスカ入ります」
秘書の手によって高度な彫刻が施された重厚な扉が開かれるとそこにはデュランダル議長のすがたがあった。脇には、ラクス・クラインの代理、ミーアキャンベルが控えている。
「遅くなってすまなかった。早速、条約の内容を見させてほしい」
シンは、手に持っていた大きなスーツケースをアレックスに渡した。アレックスは、スーツケースの鍵を開け、分厚い書類を取り出し机の上においた。デュランダル議長は、真剣な表情で一枚一枚をめくっていった。そして、すべてに目を通し終わるとすばやくペンを手に取り、流暢にサインを書き込んだ。
「残念だが、世界はまた、戦争の渦に飲み込まれそうだ。これが、オーブの中立の一助になればいいのだが……」
「ありがとうございます」
シンとアレックスは声を揃えた。
「これに、代表がサインを書き込めば、条約が締結されるんですよね」
「そうなるな」
「少々、変則的だがね。今は一刻を争う……。急ぎたまえ、戦争が始まってしまう前に!」
「はい」
「シン、いくぞ」「ええ」
二人は礼をすると、コートをすばやく着込んで、行政府の外へと向かった。
続く
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