「すまない。私もこれ以上ここにとどまっているわけには行かなくなったのだ」
「わかります。条約締結をなんとしても成し遂げたかったが、今の状況では無理でしょう」
デュランダル議長の乗るシャトルはすでに、発射の準備が整っていた。シャトルを護衛する二体のザクと、それを補佐するために急遽オーブが編成した部隊のパイロット達はすでに乗り込んでいる。
「申し訳ない。――どうだろう、そちらでプラントへの使者を立ててはくれないか。条文は、ここに残るものとオーブとで話し合って決めてもらっていい。調印はすぐにでも、私が行うから」
排気の巻き起こす騒音のなかでも、はっきりと聞こえる声でデュランダル議長は言った。
「本当ですか? それはありがたい。すぐにでも、作業に取り掛かります」
カガリとデュランダルは硬い握手をかわした。
※
数日後、オーブ軍基地食堂。 食堂はオーブ兵達で埋め尽くされている。ユニウスセブンが落下したとはいえ、被害のなかったオーブの日常はいつもと代わりのないものだった。訓練を終えた兵士達が、談笑しあっていた。
シンも今日の午前中の射撃訓練を終え、空腹を満たすべく、食堂に来た。プレートを持って並んでいると、好物が目に飛び込んできた。それをとろうと手を伸ばすと、誰かの手とぶつかってしまった。
「アレックス・ディノ曹長」 「シンか?」
そういって気まずげに口をつぐむ。互いにしゃべらぬまま、すべての料理を皿にのせた。
「まあ、元気そうで何よりだな」
「そちらこそ、――俺より刑期が短かったようですから」
思わず口をついて出てしまったシンの言葉にアレックスは顔をこわばらせ、ああと口の中で小さくつぶやいた。
隊ごとに指定の座席があるせいで、シンは、アレックスのはす向かいに座らなければならなかった。黙々と食べ物を口に運んでいると、ハイネ一佐が近寄ってきた。
「カガリ・ユラ・アスハ代表がお呼びだ」
「わかりました」
食事は半分も残っている。しかし、アレックスは急いで立ち上がり、口をぬぐった。
シンは、アレックスがこの場から離れることに内心ほっとしてため息をついた。
「おい、お前もだぞ」
「えっ?」
シンは自分の胸を指差し確認を求めると、ハイネは首を縦に振った。戸惑いつつ席を立ちアレックスの後ろについた。
宿舎を後にし、行政府へと向かった。
「いったい何なんですか?」
「行けば、わかるさ。もしかして、アレックスは知っているのかな」
「ええ、昨日すこし聞きました」
「やっぱり、代表の『ナイト』は違うねぇ」
行政府の建物の入り口には、ユウナ・ロマ・セイランがいた。にやけた表情をしている。
「セイラン副代表……」
アレックスは苦々しげに敬礼をした。
「代表のお気に入りはいいねぇ。いろいろと優遇してもらえてさ。今。オーブにいられるのも、代表のおかげだよね」
「言葉が過ぎますよ」
ハイネ一佐は、通り過ぎる間にユウナを諌めた。
「本当のことだろう?」
反省するそぶりなどなかった。
「曹長は、代表の『ナイト』ってどういう意味ですか?」
「シ、シン」
アレックスは、顔を赤らめ動揺している。自分の質問の意味に気づいていないシンは、わけがわからずアレックスを見ていた。
「聞いちゃいけなかったですか?」
「まあ、いろいろとな」
ハイネは、笑ってごまかした。
※
「よく来てくれた。お前達二人に頼みたいことがある」
「は」
「ここに、オーブとプラントの友好条約の書類がある。これをもってプラントへ行って欲しい」
「はい」
「俺もですか?」
神妙に受け止めたアレックスの横で、シンは、戸惑いを隠せなかった。
「そうだ。これは、デュランダル議長たっての希望でもある。もちろん、代表会議でも承認されていることだ。プラントは初めてか?」
「はい――、だと思います」
「そうか、では宇宙から見てきてくれ、この星の様子を」
「しかし、こんな大役、いまさら……」
「いやなのか?」
口ごもるシンにカガリが近づいた。と、シンは顔を上げカガリを睨みつけた。
「いやじゃありません! でも、この前は出してもらえなかったのにっ」
「それは、この前はあの事件の後だ、やむを得なかった」
「だけど、アレックス曹長だけ解放されたじゃないですか! 俺も、俺もテロリストと戦いたかったのにっ」
「シン、やめろ。行動の賛否は別として実際行動してしまったのは、お前だ。アレックスじゃあないぞ」
ハイネ一佐が口を挟んだ。
「だけどっ! オーブがユニウスセブンの欠片粉砕に成功したのは、たった一個じゃないですかっ、後はみんなやられたんだ。オーブ軍は弱いからテロリストに負けて防ぎきれなかったんだっ」
「それはーー」
「俺が、俺がこの前のMSで出ていれば違ったかもしれないのに」
「しかし、強すぎる力はまた戦いをよぶ」
「じゃあ、あのMSは何だ? あんただってわかってるんだろ。弱いままじゃあ、オーブの中立は守れないって。あんた矛盾しているよっ。――そんなんだから、国を焼かれるんだあんた達が無能だから」
「侮辱するなっ。当様は、自らの命を捨てもオーブの誇りを守り抜いたんだぞ」
「誇りだ? 連合のオーブ侵攻の戦闘に巻き込まれて俺の家族は死んだ。人の命より大切なのか。オーブの誇りはっ」
「しかし――」
カガリは、ウズミが市民の避難を確認したという報告を受けていたのを知っていた。だが、燃えるような瞳の少年の真剣な眼差しに、言い訳を言うことをためらった。しかし、謝罪の言葉を口にすることもなかった。
「代表……。すまないが、今回の具体的な計画について話してくれないか?」
「あ、ああ」
アレックスの助け舟のおかげでカガリはどうにか話を本筋に戻すことができた。
「明後日、10:00に発射する政府専用シャトルに乗ってプラントのアプリリウス宇宙港へ。そこから、プラント最高評議会会議場にある議長室へ向かって欲しい。そこで、このオーブ・プラント間友好条約にサインをもらうんだ」
※
10:00 オーブ
「それでは、よろしく頼んだぞ」
「おおせつかりました」
シンとアレックスは、黒い丈の長いコートに身を包み、普段着慣れぬスーツに身を固めていた。「じゃあ、元気で行ってこいよ。必ず戻るんだぞ!」
「ハイネ一佐、大げさですよ」
「そうか? 悪い悪い」
大声で笑うハイネを見て、シンは心にわだかまっている不安が晴れていくような気がした。
「それにしても、どうしてアレックス曹長と俺なんでしょう……」
「でも、お前はデュランダル議長の推薦なんだろう? 」
「そうらしいですけど、でも、よく議会が承認したなと」
「政府のお偉いさんの考えは分からないな。俺は軍人だから」
ハイネは肩をすくめて笑った。
「アレックスはコーディネーターだし、それに」
ハイネは、アレックスを見た。
「多分、そういうことなんでしょうね。いつかこういう話が来ると思ってましたが……」
「どういうことなんですか?」
質問をはぐらかし、アレックスは「まあな」とだけ言った。ハイネに理由を求める視線を送るとハイネは「いつかわかるさ」と答えた。
シンは、仕方なく重いトランクを引きずってアレックスの後を追いかけた。
シャトルが離陸した。今までの人生の大半をすごし、喜びも悲しみもしみこんだ大地から離れていく。軍の施設がもけいのように小さく見えるようになり、雲でところどころをさえぎられ、やがてオーブの国全体の輪郭があらわになった。地面よりも、宇宙空間が近くなったとき、目に入るすべての大地が緑や茶や白染まっていた。
※
宇宙に吸い込まれていくシャトルを見上げ、カガリは目を細めた。自分の希望を託した者が離れていくのを眺めながら、自分の父親のことを思い返さずに入られなかった。 ――父様は、間違っていたのだろうか―― 無欠開城をすれば、たしかにシンの家族は死ななかったかもしれない。
しかし、あの時連合の軍事協力を受け入れるわけにはいかなかった。中立によるコーディネーターとの共存の道を立つわけにはいかなかった。
苦悩は深く、そして、答えは見えない。
ふと、背後に立つ人の気配を感じ、カガリは振り返った。国民服を着たユウナが、スーツの襟を直しながら、歩みよっていた。
「ユウナか。ありがとう、君のおかげで二人を宇宙に送ることができた」
「どういたしまして、僕が説得したらすんなり同意してくれたよ」
「代表選出のとき、君の父上をはじめとするセイラン派の反対が強く、もうだめかと思った」
「いやいや、いいんだよ、カガリ。僕はね、自分のためにやったんだから」
「そうなのか?」
ユウナはアレックスやシンなどとはそりが合わなかったはずだった。
光る瞳の奥に不審な色を見て取って、カガリは首をかしげた。
「君が自分の信頼するもの宇宙に送りたいと考えるのは自然なことだからね――そして、それは我々の理にも適ったかなったことだよ」
瞬間、カガリは背筋に硬質のものが押し当てられルのを感じた。
「ユウナッ、なにを」
「僕は、計画のために不確定要素を排除したかったのさ。君に忠義を尽くす、コーディネーターであるアレックス・ディノとナチュラルとは思えない技術と無鉄砲な性格なシン・アスカ。父さん立ちもそういったら納得してくれたよ」
「まさか、はじめから、そのつもりで……」
カガリは唇をかんだ。カガリに対して冷ややかな立場を崩していなかったユウナがここに来て味方をしてくれるわけがなかった。冷静に考えればわかりそうなものだったが、ここまで暴挙に出るとは想像できなかった。
「正解だよ、カガリっ! 君にはもう、うんざりなんだよ。カリスマ的存在だったウズミ元代表の娘とはいえ、偽善者の甘ちゃんはね」
振り向くことはできなかったが、ユウナは実に嬉しそうな声を立てていて、その表情が笑顔なことは間違いなかった。
「何をするつもりだ」 高まる心臓の音と、渦巻く不安。手のひらにはしっとりと汗をかいた。
「何もしない。ただ、君におとなしくしてもらいたいだけさ。さあ、この紙にサインを」
ピストルを握っているのとは反対の手がのび、机の上に一枚の紙を置いた。その紙にはこう書かれていた。
『私、カガリ・ユラ・アスハは、健康上の理由により、本日をもってオーブ首長国連合代表の座を辞し、それを現副代表であるユウナ・ロマ・セイランに譲る』
「こんなものっ!」 しかし、この状況では、カガリは威勢を張ることしかできなかった。
Bパートにつづく